5人の子どもを育てるためにニュースキンの仕事を始めた夫婦。 被災を乗り越え、家族の夢を叶えるまで

2017.06.06

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takahashi01_2ご夫婦でブランドパートナーの活動をされている高橋 譲さん・淑子さん。5人の子どもを育てるために苦しい生活を強いられていた過去や、東日本大震災を経験して「もうダメだ」と思ったこともあったそうです。しかしブランドパートナーの仕事によって困難を乗り越え、家族の夢も実現できたと語ります。お二人に、これまでの道のりについてお聞きしました。

二人の収入があってやっと生きていける、常に苦しい生活だった

——お二人がブランドパートナーになる前は、どんな仕事をされていたのか、教えてください。

:私は、書店を経営している会社に入社して、営業担当として家庭や幼稚園などをまわって書籍の販売を行っていました。百科事典から、幼児・小学生・中学生向けの家庭学習教材も販売しましたが、競合他社も増えてきて、だんだんとビジネスが成り立たなくなってきたんです。営業所長として社員をまとめる立場にありましたが、零細企業だったため、私の給与だけでは5人の子どもと妻を養っていくには非常に厳しい状況でした。

淑子:そうでしたね。家計を助けるために、私も育児をしながら、近所のお子さんを預かる仕事を自宅で行っていました。知り合いを通じて頼まれて、3組の家庭のお子さんを預かっていたんです。保育の仕事がひと段落して、自分の子どもも手が離れたあとは、紹介してもらった電気のメーター検針の仕事をしていました。割のいい仕事でしたが、「数年後に電気の自由化が始まる」という噂があった頃だったので、「今後、同じ仕事がずっとあるか分らない」という不安は常に感じていました。

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よくいる普通の人だった「知人」が成功者として登壇したのを見て、俄然やる気に

——その後、ブランドパートナーの仕事を始めるまでの経緯を教えてください。

:少子化で教材を使う子どもたちの人数も減っていき、いよいよ今の商材だけでは事業が成り立たなくなってきたときに、会社の役員たちが次の事業として白羽の矢を立てたのが、ニュースキンの仕事でした。最初は、そんなにやる気もなかったのですが、上司にすすめられたニュースキンの資料を読んで、気持ちが一変。通常仕事には「競争」がつきものですが、ニュースキンの根底にあるのは、「共生」。誰かと競い合わなくても、人のために活動することが自分の収入に繋がるのです。これが本当ならすごいことだと思い、「やってみたい!」という気持ちが強くなりました。

淑子:「オレはこの仕事をやるぞ!」と夫が夜中に叫んだので、隣で寝ていた私はびっくりしたのを覚えています。「なんの仕事?」と尋ねると、「化粧品の販売」だっていうので、猛反対しました。実は私の母が、昔ある化粧品販売の代理店をしていたんですが、営業所長になるまで頑張っていたのに、最後は多額の借金までつくってしまったんです。痛い目を見たのを知っていたので、あまり良いイメージがなく、とても賛成する気にはなれませんでした。

:それで、まずはニュースキンの仕事を妻にも知ってもらうために、説明会に参加しようと誘いました。

淑子:夫がどうしてもすすめるので、正直、嫌々参加しました(笑)。すると、そこで成功者としてスピーチしていたのが、かつて同じ県営アパートに住んでいたママ友のご主人だったんです。本当に驚きました。私も以前、母の仕事を手伝って美容部員をやっていたのですが、化粧品の仕事で成功するのは、「女性でかつ豊富な人脈がある人」という印象がありました。それが、友だちのご主人は全く正反対のタイプで、いたって普通の人。そこで考え方が180度変わり、ニュースキンの仕事であれば私たちにもできると思えるようになったんです。

:その説明会のあとには、妻の態度が一変し、「この仕事、私にやらせて」と言ってきて、こっちが驚いたくらいでした。それから、お母さんの借金を返したいという思いも、ニュースキンの仕事を始めるきっかけにはなったよね。

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淑子:そうですね。自分の家族のためにということももちろんでしたが、「母のあの借金が返せる!」と思えたこともブランドパートナーになろうと思った理由の一つ。結婚すると、女の人って自分の家庭のことで精一杯で、当時は実家の借金なんて思い出してはいけないことだったんです。でも説明会に出て、「母の力になれるかも」と思った瞬間、心の奥に押し込んでいた心配事に、ぱっと光が差し込んだ気がしました。

被災したが、ニュースキンのおかげで生活が続けられた

——2011年、東日本大震災を経験されたとのことですが、ニュースキンやその仲間からの支援は何かありましたか?

淑子:当時仙台に住んでいて、地震で自宅も半壊して、水も電気も使えない状態でした。ニュースキンの製品もすべて壊れてしまって。これで、ニュースキンの仕事も終わりかなと思っていました。その日その日を無事に暮らしていくことしか考えられない状態で、化粧品もしばらく使う気になれないくらい落ち込んでいました。でも、地震発生から1週間も経たないうちに、他県のニュースキンの仲間からたくさんの義援金や支援物資が届いたうえに、わざわざ仙台まで足を運んで持参してくれる方もいたんです。本当にありがたい話です。

:そしてニュースキンが、被災後、報酬について3ヵ月間サポートすることや、破損製品の無償交換などの特別処置を発表したときは、改めて素晴らしい会社だと思いました。余震が続く中、放射能のことなども取りざたされていたのもあり、避難のために外国人が次々と本国へ帰国していました。にもかかわらず、なんとニュースキンの創業者のブレイク M. ローニーやスティーブン J. ランドらが慰問に来てくれました。これには、みんな本当に感動していました。

——大震災後のニュースキンの活動は、どのように再開されていったのでしょうか?

:ほとんど活動できない時期がしばらくありましたが、他県でニュースキンの製品を購入してくれているお客様がいたので、売上はそれほど減少しませんでした。そこで、この仕事の底力を改めて知りました。ニュースキンの支援、そして他県の仲間のサポートもあり、より一層、みんな「ニュースキンの活動を、もっとやらなきゃダメだ」という気持ちが、芽生えてきましたね。

淑子:ニュースキンの仕事は、震災から2ヵ月ぐらい後にスタートしました。みんなで料理を持ち寄り食事をしながら、疲れの溜まっている人たちを癒す目的も兼ねて、製品の体験会などを徐々に行いました。ハンドローションでマッサージをしながら、被災者の話を聞いてあげたりしていましたね。

:仙台の家は住めなくなったので、私の実家がある山形の、豊かな自然に囲まれた場所に引っ越しました。場所を選ばず仕事ができるため、住む場所が変わっても頑張りに応じた収入が得られるので、どこにいてもやれる仕事だと夫婦ふたりで実感していました。

——ブランドパートナーになって、実現できた夢はありますか?

:少し前ですが、ほぼ1年半仕事を休んで、夫婦の念願だったボランティア活動を行いました。地域で困っている人や、身体の不自由な方のお世話をしたり…。農作業が一人でできない人の手伝いもしました。とても有意義な時間が過ごせたと思います。

淑子:二人にとってボランティア活動は、とてもやりたかったこと。時間的な自由や経済的な自立を得られる可能性のあるニュースキンの仕事をしていなければ、できなかったとつくづく感じています。夫婦の夢を叶えただけでなく、子どもたちにもやりたいことをさせてあげられたかな、と思います。思い起こせば、子どもたちには新聞配達などをさせたりして、自分の小遣いは、自分で稼げるように育ててきました。でも子どもたちにも、留学したり、大学へ行ったりと、やりたいことがあるんです。それは、親の都合で辞めさせてはいけないと思い、ずっとサポートしてきました。今では子どもたちは立派に独立し、たくさんの孫にも恵まれました。母の借金の返済も、実際に手伝うことができましたし、すべてを叶えられたのは、ニュースキンのおかげだと実感しています。

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高橋 譲

Yuzuru Takahashi

元書籍販売員。営業所長も務めていたが、会社が事業を継続することが難しくなってしまう。そんな折、「競争」よりも「共生」を目指すニュースキンの理念に共感し、ブランドパートナーに登録。持ち前のリーダーシップを発揮しながら、長年に渡り、東北を拠点に活動を行っている。

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高橋 淑子

Yoshiko Takahashi

母親が化粧品販売業で多額の借金を負ったことから、はじめはブランドパートナーの仕事に反対。しかし、説明会で知人の成功体験を聞いたことをきっかけに、登録を決意。震災を経験した後には、疲れを癒やす目的も兼ねた製品体験会を開催するなど、夫と二人三脚で活動を続けている。

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